1
02
2020
武隈の松
武隈の松(宮城県岩沼市)
藤原実方の墓のある名取駅から東北本線を南に二駅ほど上り、常磐線と東北本線の分岐点でもある岩沼駅で下り、歌枕として知られる「武隈の松」を訪ねた.岩沼駅から南へ700m程行った交差点の近くの小さな二木の松史跡公園に「武隈の松」が植えられている.現在の松の木は代々受け継がれて江戸時代末期に植えられた七代目にあたるという.
「武隈の松」を詠んだ歌として、
うゑしときちぎりやしけむたけくまの 松をふたたびあひ見つるかな 藤原元良
たけくまの松は二木をみやこ人 いかがと問はばみきとこたへむ 橘 季通
の二首がよく知られているが、西行はこの「武隈の松」を訪ね、橘季通の歌に因んだ次の歌を詠んでいる.
武隈の松も昔に成たりけれども、跡をだにとて見にまかりてよみける
枯れにける松なき宿の武隈は 見きと言ひても効なからまし 西行 [山家集 1128]
勿論、芭蕉とそらもこの有名な歌枕の「武隈の松」を訪れている.曽良の旅日記の五月四日の記事には、
岩沼入口ノ左ノ方ニ竹駒明神ト云有リ.ソノ別当ノ寺ノ後ニ武隈ノ松有.竹がきヲシテ有.
と記されている.
芭蕉はこの「武隈の松」で、『さくらより松は二木を三月越し』という句を詠んでいる.曽良の関心は「武隈の松」から5分ほどの距離にある日本三大稲荷の一つである竹駒神社にあったようで、格式のある立派な神社のようだ.この日は大晦日ということもあり、大勢の参拝客で賑わっていた.
帰りは岩沼駅から18切符を使って帰京することにしたが、東北本線経由ではなく敢えてまだ不通区間の残る常磐線経由で帰ることにした.震災の傷跡が残る福島の浜通り地方を実際に見てみたかった.次の3月のダイヤ改正では、不通区間である浪江駅〜富岡駅間の代行バス区間が解消し、常磐線が全線開通するそうだが、復興しつつある常磐線の様子をこの目で確認したかった.
津波に襲われた駅や線路は新しく建て替えられて綺麗になってはいるが、海沿いの路線であるが故に常に津波の被害を想定しなければならないだろう.今回は日が暮れてしまった後で街中の様子を伺い知ることができなかったが、明かりの殆ど灯らない暗闇の道路を代行バスがポツンと走っていた.
福島第一原発から2km程しか離れていない場所を常磐線が通っているが、線路の廻りのは除染を進めているとはいえ周辺は「帰還困難区域」に指定されている一般人が立ち入ることのできない高いレベルの放射能汚染区域だ.国や地方の行政機関の役人や政治屋さんたちは「帰還困難区域」などという小賢しい名前を付けて、何とか未曾有の人災から目を反らそうとでも考えているのだろう.きちんと「高濃度放射線汚染危険区域」と表現すべきだ.
この日は冬の嵐に伴う強風で、常磐線は列車の運行停止や遅延が相次ぎ、時間切れでいわきで一泊することになったが、翌朝、反対方向の富岡駅まで一旦戻ってから、常磐線で上野方面へ戻った.
Zoom Level: Bearing(Heading): Pitch: Grid Interval: