1
12
2020
塩竈神社
奥州一宮 塩竈神社
五月八日朝に仙台を立った芭蕉と曽良は多賀城で「壺の碑」を見物し、塩竈に行って御釜神社に詣でた後、「末の松山」、「沖の石」、「おもわくの橋」「野田の玉川」などを見物した後、塩竈神社の傍らにある法蓮寺の門前の治平さんの家に泊まっている.翌朝、塩竈神社に詣でた後、塩竈の港から船で松島へ向かっている.
曽良の日記には、
八日 朝之内小雨.巳ノ尅より晴ル.仙台ヲ立.十符菅・壺碑ヲ見ル.
末(ノ)尅、塩竈ニ着.湯漬など喰.末の松山・興井・野田玉川・おもハくの橋・浮嶋等ヲ見廻(リ)帰.
出初(ニ)塩竈(ノ)かまを見(ル).宿、治平へ、法蓮寺門前.加衛門状添.銭湯有(リ)入.
九日 快晴.辰ノ尅、塩竈明神ヲ拝.帰(而)出船.
多賀城の「壺の碑」から塩竈の御釜神社まで行ってから、また戻るような形で多賀城にある「末の松山」、「沖の石」などを訪れているのは少し不思議だが、これらの歌枕の位置関係をきちんと把握していなかったのかもしれない.
平泉から東北本線の各停を乗り継いで東北本線の塩釜駅で降りる.多賀城市から塩釜市、松島にかけては東北本線と仙石線が並行するような形で通っているが、塩竈神社に行くには仙石線の本塩釜駅の方が近いが、東北本線側から仙石線の本塩釜駅へ行くには一旦仙台駅まで行かなければならないので、今回は塩釜駅から塩竈神社に行くことにした.
塩竈神社は奥州一宮を名乗るだけのことはあって、東北地域で一番大きな歴史のある神社だった.表参道である202段もある真っ直ぐで急な階段を上り詰めると、境内は大勢の参拝客でごった返していた.正月明けの初仕事の日ということもあり、一般参賀客というよりは企業等の団体での参拝客が多いようだった.境内ではお祓いの順番待ちをしているスーツ姿の人達や作業着姿の人達が大勢いて、ちょっと不思議な光景だった.
正面に左宮と右宮の二つの宮があり、向かって右側にも別宮と呼ばれている大きな宮が配置されている.境内には国の天然記念物にも指定されている八重の塩竈桜の樹が植えられている.芭蕉もこの塩竈桜の事は大いに興味を持っていたらしく、奥の細道の旅に出る前に、知人に宛てた手紙の中にこの塩竈桜のことに触れている.塩竈桜の説明板を読んでいたら、地元の方がここの桜は街中の一般的な桜よりも遅れて、丁度5月の連休中ぐらいが見頃になるのでその頃に来ると綺麗な花を見られると声を掛けてくれた.八重桜なので染井吉野などとは咲く時期が違うのだろう.
芭蕉と曽良は午前中に塩竈神社を拝してから午後に船で松島へ渡っているので、同じように船で松島へ行きたかったが塩釜入りが遅くなって松島行きの遊覧船には間に合わなくなってしまったので、この日は仙台で一泊し、翌日の朝に塩釜港から遊覧船で松島へ向かうことにした.
Zoom Level: Bearing(Heading): Pitch: Grid Interval: